12/17  いともたやすく行われるえげつないヨーロッパ旅行

一人で生きていたら恐らく体験していなかったであろう事を、人と接することでするようになる。知識、経験、価値観の違いから来るカルチャーショックは意図せぬ角度からお互いの頭を打つことだろう。僕にとって、その最たる例が結婚だったと思う。

性別も文化も違う他人が一つ屋根の下で家族となって生活していくのだ。そこには様々な衝突があった。経験があった。便座の上げ下げから洗濯物の畳み方、料理だってするようになったし娘の学校生活から最近の子供達の生態なんかも学ぶことが出来る。

基本的に一人が好きというか、それが楽なのでそうやって生きてきたのだが、こうした新たな事を体験するたび人と人とのつながりの奥深さに目が眩みそうになる。1+1が2ではないとは陳腐すぎる表現だけど、実際に人付き合いとはそういう面があって、それは経験しないとわからない事だらけだ。

こういう風に感じるのもまた歳を取った証拠なのかもしれないが、悪いものでもない。

仕事にしてもそうだろう。前に少し書いたが、僕は今電機工事のアポ取りみたいな事をやっていて、住宅街を一日七時間ほど歩き回っている。二週間で既に五㌔ほど痩せているが、大変健康的でよろしい。

恐らくこういうことにならないと一生歩かないような場所を歩いてるんだろうなと思うと少し嬉しくなる時がある。車で通り過ぎただけじゃあ絶対に入ろうとも思わない定食屋にだって入ってみたくもなる。実はこの店、先ほどから人が結構入っているのを見かけている。こう言っちゃ悪いが、味がありすぎる風貌でまず普段なら入ろうとは思わない。

だが、こうして町中を歩きながら見ていると、次第に地元民に愛される老舗なのかもしれないと違った角度から見るようになってくる。大通りまで歩けばラーメン屋などもあるし、と理由をつけて避けてしまうのが通常なのだが…この日はちょっとばかし入ってみようという気になった。健全な生活が気持ちをも健全前向きにさせているのだろうか?

と、まあそんな話はどうでもいいんだよ。(いい店だったから以後通ってるが)

 「うんたらかんたらという工事でして…」
 「あー、実はね、僕はね、これでも昔よくヨーロッパなんかに行ってたんだけど」
 「はあ…?」

会話をしていて、まさかと思った。

いや待て。それにしては、最初に出てきたおばあさんは普通だったぞ。少なくとも普通に見えたぞ。それを、わざわざこうして引っ張り出してきたんだから…

 「それで、工事の日程についてなんですが」
 「うんうん。ところで、僕はね、これでもヨーロッパとか良く行くんだけどね」
 「はあ。。。」

んー???そうなのか?これは、そうなのか?

 「で、工事の(ry」
 「そうかね。で、僕はね、ヨーロッパによく行ったりするんだけどね」
 「(;^ω^)…」

なんのこっちゃと思われるかもしれないが、見たまんまだ。

たまたま担当箇所だったお宅のご主人が…まあ、そのいわゆる一つの認知症的な?

実際漫画やテレビとかでこういうやり取りは目にした事があったものの、ここまでガチなのは初めて目の当たりにした。おいおいまさかという場所から毎回正確に右ストレートが飛んでくる感じで、本当に認知症ってこうなっちゃうんだな…と。

 (ううむ…笑い事じゃねえなこれは(;^ω^))

もはや工事の話なんてどうでもいいが、話を終えようとするとヨーロッパ旅行の話が飛んできて逃げ時がわからない。スパっと逃げても爺さんはその事すら忘れるのかもしれないが、何かそれはいけない事のような気がして逃げるに逃げられない…と、もう何ループしたかわからないところで十分ほど経っていた。

 「昔、ヨーロッパにね、」
 「ええ、わかりました。では工事はしないということで、失礼し…」
 「工事?なんで工事するんだ?」
 「で、ですから…」
 「ん?ところで君はどういう目的でここに来たんだっけ?」
 「いや、ですからね…」
 「ところで、僕はこれでも昔ヨーロッパにちょくちょく行って(ry」
 「(;^ω^)マジか…」

もはやホラーである。

うちも妻の両親も、まだまだ元気でいるもののいい加減そういう事を考える年頃でもある。少なくとも介護の問題は最近兄弟の間でもまだ冗談めかした段階ではあるが、確実に話題に上がる。

この日、おじいさんのヨーロッパ旅行の話を十数回、根気よく耐えた僕でも、実の親がこうなってしまったら…それが毎日毎時間続いたらと若干恐怖にも似た感情に襲われた。

これは理屈じゃない。ただただ怖い。この爺さんも立派な家に住んでて、昔はさぞ偉い人だったに違いない。それがこうして…ただただ虚しい。後に、哀しくなってくる。

そもそもこんな人に工事の説明をさせようとしたおばあちゃんもおばあちゃんであるが、或いは僕を悪質なセールスと勘違いしての対抗策だったのかもしれない。なんて、それはさすがに穿った見方過ぎるかな。

こんな風に外に出ると今まで見たこと無い事がたくさんあって若干楽しい。ある意味で社会人一年目なのだw。見ること全てが新鮮な今だけでも楽しまなきゃな。

コメント

  1. 三重県人 より:

    まさにゴールドエクスペリエンスレクイエム

    と、冗談はさておき
    この話を見てsetuさんのおばあさんの介護話を思い出しました。あとアカギの死に際の話とかね。

    そしてタモリとか田原総一朗とか見るとすごい爺さんたちだなぁと感心するというかなんというか。

    自分も周りも30超えたあたりから会話してる中で
    ん?ってなる場面があって嫌になる時がありますねぇ。

  2. 武器屋 より:

    昔、某裏モノのモーニングでバケが入ってた時に隣のジジイに「やったな兄ちゃんフガフガ」とか言われて「ボケてるのか?殺すぞ」とか思っていたら、その店のバケモーニングは状態確定で、結果、しっかりしたご老人だったという事ならありました。
    ヨーロッパはイギリスの食事がとても食べられないよレベルに不味かった印象が強烈でした。美食家の私がイギリス滞在中はマクドナルドのお世話になったなあw
    やはり日本の外食は安くてもそこそこ美味しくて最強です。
    しかし、周りに飲食店が無いという理由だけで成立している個人経営のお店もたまにありますよね。
    カップ麺でもそこそこ美味い商品があるというのに存在している不味いラーメン屋には潰れて欲しいです。
    何度騙された事かw

    結局、ジジイを騙して全くいらない配線を2000万円で取り付ける契約は成立したのでしょうか?
    しかし、それだけボケてたら後で契約が無効になる可能性が高いから怖いですねw

  3. 椰子 より:

    ここで適当に相槌を打って工事する契約を結び、あとは好き勝手にやって高額請求する猛者も世の中にはいるんでしょうなあ。
    猛者と言っていいかは微妙ですけどw

    うちはおばあちゃんが認知症で、晩年はもうおじいちゃん以外の事は全て忘れてしまって老人ホームでひっそりと過ごしてました。
    年のせいとはいえ悲しいですわ。

  4. のっぽさん より:

    うちのばあちゃんがボケてきているのですが、毎日じいさんに怒られ、娘に怒られて可哀想です。もし私が毎日接していたら私も怒っているのでしょう。家族が看てはいけないのだと感じます。それが本人のためであり、家族のため。

    そして今、じいさんが重度の肺炎で病院に運ばれました。大変だ。

  5. kenji より:

    終わりがないのが本当の終わり

  6. アリエナイ より:

    自分の親戚も痴呆が始まって、全く同じような状態になりました。ひたすらネガティブな内容の話を繰り返すので、周りはウンザリしてるみたいですが、自分はこどもと接してるみたいで可愛いと思いました。よく一緒に散歩したり、マッサージしたりしてます。ただ、昔はとても立派な方だったので、その辺は最初はショックでした。

    こうなった時に支え合うのが理想の家族なんでしょうが、ウン千万あった貯金もカルトに傾倒してる娘が僅か数年で使いきってしまい、今は孤独に年金暮らし。パチスロで萎縮しまくった我が脳がどうなるのか、今から怖いですね。

  7. ヨシホイ より:

    体が元気なうちにボケてしまうと本当に周りがキツイですね
    ひい婆ちゃんがその状態で寿司一桶完食して2km先までハイハイで徘徊し膝血まみれで発見された事を思い出してしまいました。
    親がその状況になったと思うと震えます…

  8. umi より:

    >>三重県人さん
    あーw言われてみればGERの方が能力的に合ってたな。語感の良さだけしか目に入ってなかった(;^ω^)

    set…乙さんの話は胸にグッとくるものがありますよね。そこから実際に介護の世界に飛び込もうと思う辺りが既に徳の高さを窺わせますよ。真似できんぜ…

    パワフルな爺さんばあさんってそれだけで凄いんだって最近僕も思います。それが叶わないのであれば、マジで安楽死施設の世話になりたいなぁ…自分のためにも、周りのためにも。

    >>武器屋さん
    裏物あるあるですねw僕も似たような経験ありますが、さすがに殺すぞとは思いませんでした。頭湧いてんのかこの野郎ぐらいは思いましたがあー、裏ピカ五郎打ちてー!!!

    日本の外食のレベルの高さはフィリピン行ってた時に思いました。せっかく外国行ってんのに日本食レストラン思わず求めちゃいましたからね。そしてその日本食レストランもクソマズというwww帰って最初に食べた吉野家が神に思えたものです。

    同じ一見さんでも、ラーメン屋とかはほいほい入れるのにどうして定食屋はあんなハードル高いんだろ… 

    僕は歩合で働いてないので契約はぶっちゃけどうでもいいんですが、ガツガツしてないのが逆にいいのか今のところ結構貢献できてるようです。爺さんの恐ろしいところは、契約に関してはフガフガ言ってただけのくせに、ちゃんと僕の名前だけは控えたところですよ。よっぽど偽名書いてやろうかと思ったけど自重w

    >>椰子さん
    実はそのじいちゃん、既に見に覚えのない工事が何個か入ってて、それを覚えてないのか、はたまた認知症をいい事に好き放題されたのか判断着きかねますが、その時点で僕はこの家は全力でスルーしようと決めましたw猛者にはなりきれんなぁ…

    実際認知症で忘れられたら相当ショックですよね。椰子さんのおばあちゃんは、それでもおじいさんの事だけでも覚えてたのが救い…なのかな。傍で聞いてるのと身内とじゃ感じ方違いそうですよね、この話。

    >>のっぽさん
    うーん。こうなりますよねぇ…とは言え、ここで家族が看てはいけないとなると何のための家族だって気もする…というのは綺麗事なんでしょうね。ともすれば、認知症はその時点で死刑宣告されたも当然の最悪の病とも言えるわけで(‘A`)

    >>kenjiさん
    あの会話でどこまでイケるか黄金伝説とかで試して欲しいねw

    >>アリエナイさん
    延々愚痴みたいな感じは気が滅入りますね…ヨーロッパの話でよかったw

    って、可愛いと感じられるのですか!?すごいなー。たまにだから耐えられるんでしょと思ったけど、よく会ってるみたいだし…うーん。得がたい人材だろうなw

    終わりよければじゃないけど、成功者の悲惨な末期を見聞きしてると色々考えさせられますね。アリとキリギリス、どちらが正しいのか…

    ボケる前に尊厳死させてくれる法が整うことを願うばかり><

    >>ヨシホイさん
    曾婆ちゃんでそれですかw確かに徘徊が一番やっかいなんて話も聞きますもんね(‘A`) 人類の重大欠陥の一つだなこれは…

  9. 武器屋 より:

    ソーラーパネルを着けてるアホな家はいくらでも騙せるみたいなサインがそのジジイの家にあるんでしょうねw
    核家族化の弊害だよなあ……
    でもね、資本主義社会では全員は幸せになれないっぽいんだ。
    しゃぶり尽くすのも1つの経験だと思うよ。

  10. umi より:

    極限まで追い詰められた時どういう行動取るか、ですが基本そうならないよう立ち回るのが僕の生き方でもあるわけで…^^

    それでも、俺はしゃぶり尽くさない…ッ!!

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