10/21  人質体験

母があまり小さくない病気を抱え手術する事になった。

命に別状は「そこまで」無いらしいが、何にせよ身体にメスを入れる事になる。家族の同意書が必要という事でこの不肖の息子に声がかかったというわけだ。父とは住所が別の保証人が必要なんだとさ。

 (歳相応のイベントやね)

介護やら何やら、これからどんどんやってくる。今まで両親が元気だった事の方が幸運なのだ。今回母が罹った癌も、幼い頃から血筋と散々言われて育ってきたので覚悟はあった。母の父も母も、そのまた先祖も歩んできた道。僕もいずれそうなるかもしれない。こう言うと冷酷に聞こえるかもしれないが、そんなわけで癌と言うワードには大した感想もない。

時期が時期だけに原発事故の影響も疑う人もいそうだけど、多分そいつのせいじゃない。

手術前日、同意書にサインをし、担当医から手術の説明がされる部屋に僕、母、父、妻の四人で集まったのだが…

 「えーっと○○さん。明日の手術なんですけどね、直前でこんな事を言うのは説明不足でこちらとしても申し訳ないんですが…」

待ち合わせの時刻から三十分程遅れて会議室にやってきた担当医が、それについては一言もなく、また別段申し訳ないという素振りも見せないままに不穏な前置きを切り出した。室内に緊張が走る。

 「えーっとね、実は別の場所にもちょっと癌が伸びてる感じでして、うん、えーっと…一応それなりの処置はするつもりですが、範囲がね、思ったより広がってて、ええ。当初の予定だと部分切除でしたけど…うん。そうですね。無論何もなければ最初の説明通りにしようと思うんですが、やってる最中に他に広がってるようだったら…全部切っちゃおうと思うんですが、うん。そうした方がいいと思うんですけど…どうします?」

 「・・・ッ!!」

医者も言い淀んでいるのかもしれないが、それにしても要領を得ない説明だ。一応、それとなく言わんとしてる事はわかるし、言い淀む理由もわかるのだが…

 (それ、どうしろっていうの???)

われわれ素人からしたら正直、何を言われようが術式についてはわからない。それにどうします?と表面上聞いているようで、実際のところ回答は一択しかないと思うのだが…

いや、そうじゃないか。多分、医療に「絶対」は無い以上責任の所在の問題なんだろう。少なくとも患者の、患者の家族の決断で切りましたよと、これは後から面倒が起こらないための予防策。

…或いは宗教上の理由とか?世には民間療法なる分野に光を求める人も大勢いる。そういう意味ではこの質問は思想面で聞いているのかもしれないけれど…

どちらにしたって基本的には医者が最善と思った事をしてもらうに越した事はないし、それに対し異を唱えるつもりはない。

何だったら、

「かれこれこういう事が予想されますが、その際は当初の予定と変わりますが…このような最善策を取るつもりです。よろしいでしょうか?」

と、一言こう言ってくれた方がどれだけ患者とその家族は安心できるか。

なのにこの医者と来たら…

 「いやね、こちらとしては相応にやる事はやります。うん、そうなんですけど…ちょっとね、いや、前日の夜に聞かされても困ると思いますし、その点については連絡を密に取れなかった我々としても本当に申し訳ないと思うんですが…」

尚も続く、同じ事の繰り返し。

 「先生はどうするのがいいと思うんですか?」

ついに溜まりかねたのか、父が聞く。しかし医者は尚要領を得ない事をつらつらと並べ立て… 多少プライベートな事なのでボカして書いてはいるが、実際のところここで説明を聞いていた僕らは不安…というより、若干怒りにも似た感情すら覚えた程だ。当事者である母の心境は僕らの比ではなかったはず。

 (それにしても酷い説明だな…)

聞いててこの先生で大丈夫かという思いに駆られる。なんだったら今からでもセカンドオピニオンを考えたっていいんじゃないか?、とさえも。

 「・・・ッ!!」

何かをぶちまけたい思いに駆られるも、言い出せない。

だって明日母の身体を切るのはこの先生だ。

僕がここで何かを言って、それが別の何かに繋がるとも思えないが、思えないが、言えない。なんだか母を人質に取られているようではないか。

 「しかし説明下手だったなーあの先生」
 「そうだね・・・ 今まで見てきた中で一番酷かったかも…」
 「ただあそこまで口ベタというか、説明が下手だと不安というか逆に腕が確かなんじゃないかとさえ思えてくるね」
 「なんで??」
 「腕一本であそこまでのし上がったって感じしない?」
 「どうすんの、重役の息子とかだったら」
 「あ」

まあ普通に手術は成功しましたけどね(´・ω・`)

後で親戚のおばさんに聞いたら、今回の担当医はこの分野では結構有名な人だったらしく、テレビなどにも出ていたそうだ。腕が良かったんだと思おう。

手術が終わった後にもう一度説明があった。

 「えーっとね、ひとつね、新たに癌が見つかったんだけど、範囲が狭かったので、周囲を確認してね、マイナスだったからね

 (マイナス???)

 うん。えー、ちょっと範囲が広がったけど概ね当初の予定通りできました」

 「予定通りと言うと、一部摘出で済んだという事ですか?」

今日は前日説明会に来れなかった叔母さん(母の姉)が同席していて、質問を挟んだ。叔母さんは僕らから一応前日の事前説明会の内容は聞いていたものの、確かにここは「予定通り」という言葉なんかではなく、一部摘出か全部摘出だったのか、ハッキリと言葉で聞いておきたい事後説明会の山場ではある!

ここでドラマなんかだとグッと溜めて…溜めて…溜めて…ニッコリ一言

 「ええ、一部摘出です!!」

なんて言って僕らはパアッと顔を輝かせ、バックに明るいBGMの一つでも流れるんだろうが…この先生と来たら

 「…それは昨夜説明したはずですが?」

何言ってんだこのアマ?みたいな感じでそれ以上は語る必要はないと言わんばかりに先に進む。昨夜そこに座っていたのは僕の妻なんだが、先生は女性がいたとしか覚えて無かったのだろうか。いちいち患者の家族まで覚えちゃいないのは仕方ないが、その対応はちょっとなぁ…

だが、前日と違って手術が無事成功していただけに最早この要領を得ない説明にも空気も感情も読まない反応にも大した不満はない。結果さえ出してくれればそれでええねん。先生はそれでええねん。

 (多分頭が良すぎて僕らと噛みあわないだけなんだろうなこの人)

 「で、最後リンパを二つ取りまして、マイナスだったので…」

などと言われたってこっちは何もわからないが、先生がいいと言ってんだからいいんだ。多分先生の中では今さら説明するのも憚られるような、みんな知ってて当然の知識なんだろう。母が無事ならそれでいいんだ。

 「先生、『マイナス』ってなんか世間一般的に悪いイメージがありますが…」

ここでこんな無知な発言などしたら先生は途端にムッとするのだろう。

言いたい気持ちをグッと堪える。僕の精一杯の感謝の印だ。

 「あ、そうそう」

そう言って、最後に先生は切り出した肉片をご丁寧にも「そのまま」持ってきて僕らに見せてくれたが…ショッキングだった。何か如何にもな箱を持ってきているなとは思ったが、本当に実物だとは。。

ここがガンになってましてね、なんて言われてもわかるわけがないが、多分切りすぎたとかそういう事を後から言われないための物証として我々保証人が見届ける必要があるんだろうな。

 (いちじくみたいだな…)

不覚にも記念に写真を撮りたい衝動に駆られた僕は、骨の髄まで現代に毒されているのだろうか。

それは自重できたものの、いつか自分が切られる立場になったのであれば…記念にくださいと言ってみよう。そんときゃ頼むよ先生。

心と体
堕落blog録

コメント

  1. 椰子 より:

    僕ならその先生に
    「日本語でおk」
    って言ってしまいそうです。
    手術が成功して良かったです、完治するといいですね。
    僕の母にも数年前癌の疑いがあり手術する話があったのですが、ある日癌だと思われた部分が影も形もなくなっていたそうな。
    安心したと同時に人体の神秘さを垣間見た気がしたのを覚えています。

  2. ヨシホイ より:

    家も家系なんだよなあ
    人質って怖いけど感覚としてはそうなってしまうんでしょうね全てをゆだねるしかないし腕のいい先生であることを祈るだけ・・か・・

  3. kenji より:

    裁判とか色々怖いんですよ
    医者が強く勧めたから、とか
    開いてみたら違う部分にも転移しててそこをいぢってる
    最中に容体悪化したりすると、手術外だから責任取れ
    とかですね。
    なので結論的に受け身で聞いてるとこの手は永遠に答えを言わない先生もいますので
    答えを決めてあげないとダメです。うちの兄貴も右腕がちょん切れて死ぬか障害が残るかが99%って言われた時に
    腕が使えなくても死んでも良いから脳に障害を残さないようにして下さい。って言いました。
    取り敢えず成功おめでとうございます( ^ω^ )ってかマイナスってどんな意味なんですか?悪くなる可能性が高いとかかな?

  4. kenji より:

    あと前回のコメントですがカミナくらいしか厨二っぽい発言しないんですよ。
    シモンとキタンも最後の方はしますが。

  5. パチエル より:

    自分も数年前に他界した父が癌で、長泉のがんセンターにずーっと通ってたのですが・・・父の担当医も「マイナス」って言葉よく使ってました。「陰性の腫瘍」って意味らしいんですけど、何となくで聞いてた時期を思い出します。ちなみに僕も手術後に切り出した患部を見せられましたよ?なんかの儀式なんすかねーアレ。

  6. より:

    既に書いてる方がいらっしゃるけど、
    『病院も商売だし、医師も人間』
    って事っすよw
    自分もここ数年でこれをいやって程痛感しましたわ。
    ともあれ手術の成功おめでとうございます。
    五体満足、健康が一番すな。

  7. 匿名 より:

    手術成功よかったですね。
    ただ説明不足なのは不安なわけですが、
    優秀な外科医ってのはいわば
    「頭は秀才、腕は一流職人」という2種に秀でた特殊能力者なので、コミュ力に割り振る余裕が無い場合が多いね…
    と考えてやらないと仕方ないですね。
    カルテに書く陰性という意味での(-)をそのまま口にしちゃう時点でお察しのとおりでございます。

  8. やす@豊中 より:

    ごめんなさい、上のコメントはあたくしでございます。ご無沙汰しててすみませんm(__)m

  9. のっぽさん より:

    私が生まれてから身近な親戚に不幸が全く無かった。とてもヒキ強だったと思いますが、これから高継続のラッシュが始まると思うとこわい。

  10. 緋色 より:

    全てが全てではありませんが、一部の患者さんの意識の高まり過ぎが医師の説明を不明瞭にしている点は否めません。
    CTもMRIも万能ではありません。
    開けてみないとわからないというのは、日常診療でも毎日のように遭遇しますよ。
    全力を尽くすとしか言えないし、誰がやってもうまくいく症例もあれば、誰がやっても無理な症例もありますよ。
    医師は人間。神様じゃないです。
    ただし、医療に携わってる人間のほとんどが、めちゃくちゃきつい環境の中で患者のために死力を尽くしていますよ。

  11. ドニート より:

    説明が下手だったりしどろもどろだったりすると不安ですね(´・ω・`)
    僕も何度か経験がありますが、確実とか断言はしないのでこちらが望む回答よりふんわりとした答えばかりですよねw
    僕「大丈夫なんでしょうか…?」
    医者「最善は尽くします。」
    なんてやりとりフラグにしか思えませんでしたしwwww
    やはり命に関わることなので軽々とした発言も出来ないし、患者さんもご家族も不安で断言出来ない質問を投げかける事もあるし、何においても利用者が強い社会だからお医者さんも大変だなぁと思ったりしましたw
    なにはともあれ手術成功おめでとうございます!!

  12. umi より:

    >>椰子さん
    手術するって話が出てたって事はそれなりに検査した結果なんすよね。それが綺麗さっぱり消えるとは… 一体なんだったんでしょうね??
    >>ヨシホイさん
    お互い覚悟しときましょ。気をつけすぎるぐらいで早期発見できれば儲け物ですたい。
    担当医に関しては…どこまで融通利かせられるのか、ってのが気になりますよね。命をあずける事になるかもしれない以上、納得のいく選択をしたいところだけど…現実どこまで選べるものか。。まず選択肢がどこまで広げられるかですよね
    >>kenjiさん
    んー。そうなんだろうなとは思ったけどいずれにせよ患者側からは不安だよね。まあ仕方ないか、、、??
    兄貴は腕切ったんすか!?しかし死ぬか障害残るかって選択肢なんてあんのかいな^^;? しかも腕で??状況が全くわからんが、家族じゃないと決断できない選択肢ですね… その後どうなったのか気になります。。
    マイナスってのは恐らく癌の「陰性か陽性か」、つまり転移してないかって意味だと話の流れで僕は理解しましたが…正解ははっきり聞いて無いので知りませんw
    アニメの話は、そもそも七つの大罪・進撃の巨人・艦コレに中二要素がそこまで含まれてる気がしないのですが・・・もういい^^;休めッ…!
    >>パチエルさん
    ほほう。切り出した患部を見せるってのはどこもやる事なんですね。僕は肉片の箇所・量(切りすぎてないか、とか?)を確認してもらうための儀式だと判断しましたが実際本当のところは何が目的なんでしょうね?正直見たくないんだがw
    >>おとーさん
    病院も医者も商売ってのは理屈としてはわかるんですが、それでもやはり医者=神みたいな信仰心、いざとなったら頼れるのは医者だけなのでどうしても特別視しちゃう面があるっす><
    こういうのは経験積んでく内に否が応にも感じさせられる類のものなんでしょうな('A`)
    私ごとですが、最近終日稼動が辛くて辛くて…w 確実に健康の「幅」が狭まってる気がする('A`)
    >>やす@豊中さん
    こにゃにゃちわ。おひさしプリッツ(゚∀゚)!!
    >「頭は秀才、腕は一流職人」という2種に秀でた特殊能力者なので、コミュ力に割り振る余裕が無い場合が多いね…
    これ、頭が秀才ならコミュ力もあるんじゃ…と思ってしまいましたがw別物なんですかね?あの後医療ドラマ見て現実との違いにちょっと笑ってしまいましたw 大成功したからこその笑い話ですが(;^ω^)
    >>のっぽさん
    こういう言い方もあれですけど、体験しとかないとイザって時に動けない事も多そうですよね。。今回切に感じました
    >>緋色さん
    患者の意識高すぎかぁ。そういう背景もあるんでしょうね。過去に揚げ足取られたりとかもあったのかもしれませんね。
    今回書いた通り説明の段階では不安もありましたけど、無論やれる事は全身全霊でやってくれてるのだろうという事、切ってみないとわからない部分があるという説明はわかるんですが…それでもこうして当事者(の家族)の立場に立つと多くを求めてしまうんですよね>< 
    自分勝手かもしれませんが医者と患者という立場上仕方のない事かなとも思います。。医者でもなければ命に関わる手術なんて人生で何回も経験する事じゃありませんし… そこではやはり医者は神にも見えるんです。
    だからと言って実力以上の物を求めてるわけでも何でもないんですけどねw 医療ドラマとか見て変に英雄視してる部分とかもあるのかもしんないっすね
    >>ドニートさん
    やっぱ断言は出来ない以上そういう言い回ししかないんでしょうかね?
    ちなみに、今回の手術はかなり大成功だったらしく終わった後自画自賛してたそうですよw検診のたびに過去一番の出来かもしれない・・・とドヤるんだとかw 最初っからそれぐらいのテンションで来て欲しかったなw

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