3/6　　そしてラッチだけが残った

親族経営の零細企業とはいえ、一応役員待遇である僕には現状決まった休みというものがない。それは好きに休みを取れるという風にも取れるし、逆に言うと好きに休みが取れないとも言えるわけで。

早朝、電話が鳴った。妻が対応しているのを眠気眼でボンヤリ聞いていると、何やら近所で呼ばれそうな様子。この日は土曜日でやることがないので休みのつもりであったのだが…まあこういう時に対応するのが僕の役目だ。

…ええ。…はい？・・・え？ドアが…無くなって？？え、そこにウチの名前が？？

…ドアが無くなっている？？

なんだろう、やけに妻が困っている様子。ドアが無くなっているってどういうことだろう。いや、それよりもうちの名前がそこにあるってどんな状況なんだ。

やがて電話を置いた妻がワケがわからないという様子で詳細を語るのだが…

どゆこと？ドアが無いって

いやぁ～…それがさ、帰ったら玄関入ってすぐのドアがなくなってる事に気が付いて、探してみたら2階の空き部屋に置いてあったらしいんだけど…そこにウチの会社の名前？が書いてあったらしくて？？

は？？？？

それで、お宅がやったんですか？どういう事ですか？って電話だったんだけど…

もう初手から意味がわからんｗ

なんで帰ったら家のドアが無くなってるんだよｗさらにそいつが2階に置いてあって、ウチの会社の名前がそこに…？

そもそもそこに残された「名前」ってなんだ？ドアにメモみたいなのが挟んであったのか、名刺が置いてあったのか知らんけどなんでそんな事をする必要が？？

何もかも謎である。謎であるが、向こうの言い分的にはウチが留守中に家に入ってドアを外して2階に持っていったとでも言いたいのだろうかｗ

相手の人、怒ってたの？

そういう感じはなかったけど、ただただ困惑してた

で、どうすんのさ

意味がわからなすぎたからとりあえず確認して折り返しますって切ったけど…　

ふ～む…とりあえず…なんだ？現状ありえそうな話として

パターン①　
以前ウチがその家に何らかの電気工事に入っていて何らかの理由でドアを外した。そのままつけるのを忘れて帰ってしまったor敢えてそのままにして帰っていた？その際名刺か何かを置いていった

無理やりこじつけるなら、これがしっくり来るんだけどなぁ。大きな冷蔵庫を搬入したとかならドアを外す事はありえない話ではないし

ただねえ、うちがその家に工事に行った記録が残ってないんだよね

そうなんだ？会長が個人的に行ったとかは？

聞いたけど知らないって

えー…じゃあ既に引退したベテラン職人さん達は…って言っても、あの人らがヤメたのは既に一年以上前の話しだからなぁ

そもそもドアがいつから外れていたのかというのがわからんが、まあ…パターン①は無理やりありそうな理由をこじつけただけの推理だからなぁ。

次ッ！

パターン②
知らない内に家族の誰かが何らかの理由でドアを外しておいた。その際、ポストに投函していたウチのチラシを見て電話をかけようとメモなど書いてドアに置いていたのをたまたま発見した

確かにその地域は最近チラシ撒いてるね

そうか。名前が書いてあったってのがどういう意味かわからないけど、普通に考えたら名刺かチラシみたいなものだろうから…　これはありえそうか。

そして忘れちゃならないもう一つありそうな話。

パターン③
相手（おばあさん）がボケてる。電話をかけてきたのはたまたま良いタイミングでポストに投函してあったチラシを見ての事。

電話で話した感じどうだった？

それなんだけど、ボソボソ何言ってるか聞き取りづらかったんだよね。住所も正確な番地がわからなかったし

え、なにそれ？大丈夫なのか

まあ確認して折り返すって言ってあるしその時ちゃんと聞けばいいかな～って

なるほど、まあそうだな

そんなわけで、とりあえず現状こっちとしては何もわからないのでとにかく行ってみて現場を確認してみるしかない…　改めて今から自分が伺う旨を伝えるため電話を掛けてみると、妻が言うように本当にボソボソと何を話しているか全く聞き取れないのだが、根気よく何度も聞いてみると衝撃の事実が…！！

あの…すみません。地番をもう一度言ってもらってもいいですか？

ええと…ちょっと忘れちゃって。1の2の…なんだったかしら。あ、隣に田んぼはありますね

た、田んぼ…ですか

自分ちの地番がわからんって…大丈夫かいな。しかしまあ、名字がわかっていて大まかな地番と隣に田んぼ、そして二階建て以上という条件ならばある程度の目星はつけられるか…

わかりました、大体の場所はわかったので向かって探してみます。ちなみにお隣の名字って何ていいますか？

ええ…なんだったかしら。すいません、わかりません

そ、そうですかぁ

地番もお隣さんの名前がわからない…か。怪しーさー。

ここかな？

そうして向かってみると、思いの外簡単に見つかった。インターホンを押してドアが開くと、ボソボソ声のおばあさんと、なるほど背後には確かにドアが無い部屋がぽっかり口を開けている。

最初に聞いておきたいんですが、ウチの会社に以前なにかエアコンとか電気工事を頼んだことあります？

どうだったかしら？あったような無かったような…

まあ、懇意にしてない限り電気屋の名前なんて覚えてねーか

一応今のところウチが絡んでいるとしたらパターン①の、工事後の扉の付け忘れを疑っているのだが…　おばあさんがこの様子ではわからない。

とりあえずは外されたドアとやらを見に行くと…　確かに空き部屋にドアノブとラッチを外された状態で丁寧に木枠のドアが寝かされていた。

ラッチと聞くとピンと来ない方も多いと思うが、ご覧のドアの側面についているアレだ。ドアを止めるための可動式金物である。僕も検索するまで名前を知らなかったが、ラッチというのだな。こいつが外された状態で転がっていたが、外さなければならない理由があったのだろうか？

これはいつからこうなっているんです？

どうだったかしら。昨日下の部屋の扉が無いって気付いたから…

…ふむ。で、ウチの名前ってのはどこにあったんです？

お宅の名前？？

え…　外されたドアのところにうちの名前が書いてあったと伺ってるんですが

あらやだ、そんな事言ったかしら？

…むむ？？

なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。

そもそもこのおばあさん、このドアの置いてあった部屋に案内してと言った所、なぜだか知らないが家中すべての部屋に僕を案内し、最初それは何か意味があっての事かと思って聞いていたのだが、どうやら何も理由がない様子で…　

あの…ええと？ウチにかけてきたのは…というか、ウチの電話番号はどうやって知ったんです？

ええ？なんか電話のところにメモがあったんだっけかな？？

そう言って電話が置いてある所に向かうと、ウチが投函したチラシがばっちり置かれていて…

…ん～段々話が読めてきたぞ

多分だけど、ドアは誰かが…ウチ以外の誰かが外して置いておいたんだと思う。理由はわからない。コロナ禍で風通しを良くしたかったとか、何か大きな荷物の搬入のためとか…　いつからそうなってたのかわからないが、恐らく、外してそのまんまになっていたんだろう。

そしてタイミングよく撒かれたウチのチラシを見てたまたま電話をかけてきただけなのでは…？

えーと。つまり、お母さん的にはこの扉を直して欲しいという事なんですか？

そうね。やっぱりここにドアが無いと気持ち悪いから困っちゃって

すると、お仕事の依頼…という事でいいんですかね？

そうよ。チラシに困ったことがあったら相談してくださいって書いてあったから

んー

なにか釈然としないものを感じるのだが、まあ…　話は一応繋がった。外されたドアノブとラッチの構造は見ればわかるので多分直せるだろう。直せるだろうが、直して大丈夫なんかこれ…？

あの…ちなみにこのドア、ウチが外したわけじゃないと思うんですが…　誰が外したかってのはわかります？

ええ…息子がたまに帰ってくるけどあの子がやったのかなぁ？気が付いたらこうなってたのでね、

ん～。なんらかの理由で外されてそのままになってるような気がするんですよ。もし息子さんだとしたら、1回電話で確認させてもらってもいいですかね？いちおう。

なんだろうな。長年の経験からくる・・・ってそんなベテランじゃないっけｗ　ただすごい違和感を覚えるんだよな。普通こんなふうにドアをそのままにしておくって事はないし。

別にいいわよ。どのみち直すんだから

そ、そうですか。

ただ、家主がそう言ってる以上はまあ、仕事としてなら受けない理由もないし…

ま、専門外の工事だし…他でボラれる前に安くやってやるか

相場がわからんが、まあ3000円（出張費のみ）でいいよと受けることにした。ドアノブとラッチを木枠に打ってドアを嵌め直すだけの簡単なお仕事だ！

さすがね～

…ん？

そうして、2階からせっせと重たいドアを運び込み、改めて組み直しパタンと嵌めて動作確認したその時だった！！！

ドアが開かんｗｗｗｗｗｗｗ
閉じ込められたｗｗｗｗｗｗｗ

なるほど！ラッチが壊れてたからドアを外してあったんだな

ここでようやく合点がいったｗ！！単体で触ったときにはわからなかったが、ラッチの機構部分がバカになってるのでドアノブを回しても金具が引っ込まず、結果一度閉めるとドアが開かなくなっているようだ。

それと気付かず動作確認のため部屋の中でドアを締めてしまった僕は、どうやら閉じ込められてしまったらしい(；・∀・)　ラッチが壊れているのもあって、どうも両側から一度ドアノブを外してドライバーか何かを突っ込まないと留め具が外れん。

出入り口ってこのドアだけですよね…？

窓から出て田んぼを突っ切ってくれば回ってこれますけど…

は、はい（ここで田んぼの伏線が生きるのか…ｗ）

結局、命からがら窓から這い出て裏口から田んぼを渡って生還。ラッチを注文するので、入り次第交換しましょうという事になったのだが…

もしもし？ケアマネセンターの◯◯と申しますが…

！？？？？

その後、ケアマネセンターを名乗る方から連絡が入り、ドアの修理は既に業者に依頼済みだったという事が判明する。

つまり、あのドアを外したのはその業者さんという事ですか？ですよね。おかしいと思ったんだよな～

申し訳ないです…その、おばあちゃん少し健忘症の気がありまして…全部が全部じゃないんですが、ある出来事を全く覚えていないという事があるんです…

なるほどなぁ…だから帰ったら突然ドアが無くなってたという話になったのか。そういう事ならまあ、後は任せますんで別に代金はいいっすよ

いえ、そういうわけにはいきません。来てもらって作業もしてもらった以上お支払いはさせて下さい！おいくらになります？

うーん‥どうしよっかな。一応、部材を購入しちゃってて、それ込みで5000円のつもりだったんですけど…その部材を使ってないからなぁ…

え？？全部やってもそんな安かったんですか？？

まあ…簡単な作業ですし。それに本職じゃないというのもあって相場がわからなかったのでｗ

そうなんだ…　今回頼んでる業者さんの見積もりだと27000円と言われたものですから…

高ッ！！！！

頼んでいた業者とやらが関係者のお抱えだったらしいが…悪いことしたかな＾＾；　結局、手間賃だけ頂いたのだが後味はあまりよろしくない。

今回の件、果たしてどこで止めることができたのだろうか。

見返してみると当初から健忘というか、多少の認知症的なものがあるのではと疑わなかったわけではないが…　さすがにあの時点でケアマネに確認を取るのは無理な以上、転がっているドアを見つけた時点でもっと思慮を巡らすべきだったかもしれないし、そもそもラッチが壊れている事を疑うヒントが無かったわけでもないが…　

ドアの修理は専門外だからなぁｗ

やはり現場は面白い。年に何度かこういうミステリーに出会すのだが、まだまだ名探偵にはなれそうもないな。